「夢…なんかはほとんどかわんないんだぁ、今でも。すごく単純なことしか考えてないの よ。つまり楽したい。」 夢=楽がしたい。こんな御気楽な考えが今の阿部氏を支えている。「何かで大成しようと は思わなかったか?」という質問に対しては、「全然」と、あっけらかんとした表情で答え る。
今回のインタビューに偶然遭遇した常連客のAさんは、阿部氏と同じ年でこの仕事を始め たときからの客であるのだが、当時を振り返ってこういう。
「阿部ちゃんは、あれだな、情熱家だったよ。まぁある意味生意気なところはあったけど ね。当時の客はそういうエネルギーに引かれてきていたんじゃないかなぁ。」
阿部氏自らも「好きなものに対しては譲れない」というように、ものの好き嫌いをはっき りと人に伝えるタイプのようだ。しかし、世間一般に、あれはだめこれはだめというよう な頭ごなしの風潮の中、阿部氏のなんでもやってやろうという姿勢が客に共感を呼んだの ではとAさんも分析する。「七ヶ宿」「ラブミー牧場」という居酒屋で働いていた当時、一 番景気のよかったときで一月に50万の給料を稼いでいたらしいが、本人も認めるようにそ れを境に雲行き怪しい状態で「なにやってんだかわかんない、低空飛行のまんま」という 程度になってしまっている。こんな状況の今でも私の見る限り、当時のエネルギーは変わ らない。「今でもやっぱりアメリカに行きたいなぁ。嫁さんと、娘二人をつれて。」という。そんな阿部氏に「もし20歳に戻れるとしたら」という質問をするとこういう返答がかえ ってきた。
「そんなうれしいことはないよ。何するかなぁ。勉強がしたいなぁ。人間の根っこになる ようなことがもっと知りたい。何だろうなぁ。哲学なんだろうなぁ。だって俺には何にも ないもん。時間があったらそういうもののために時間を割きたい。まぁ今からでもやって みたいな。でも気力がないな。ハートが大事なんだろうな。」
加えてこういう、
「好きだってものはその人間が好きだって思うときに好きなんだ。製作、物を作る、芸術、 何に関してもそうだなぁ。その人間の持っている根っこの部分がなんなのかって所に興味 があるんだろうな。」「後悔していること、失敗したことは」という質問には、「やっぱ、女の子のことだろうな。 今思い出しても悪いなと思う女の子が何人かいる。女の子にだけはストレートになれねん だぁ。今で言ったらストーカー行為になっちまうようなこともやったもんなー。」という。
最後に阿部氏に「今の20歳に対して思うこと」を聞いてみた。
「今の20歳は絶対すごい。俺は思うよ、お前たちの方が俺らのときなんかよりもエネルギ ーを持ってる。この店にくる若い連中も一人一人のレベルも高いわ。豊かだぁ。」
我々の世代の音楽や芝居などの表現を観てもある面白みを感じるという。一言苦言を呈す るなら、そのエネルギーをもっと社会、特に政治に向けて、それらをもっと考え直さなけ ればならないのでは、という思いを抱いていることも確からしい。最後に阿部氏は加えて、 「ほんと20歳ぐらいの若い連中は豊かだな。おまえもなんでもやれ。まあ文句は言うけど な。」ウ−ロン茶を片手に、スナック菓子を食べながら私にこういった。
自堕楽
在仙のバンド「Gen−Nai」のアルバムタイトルを無断借用させて頂きました。意味は、本人た ち曰く「自ら堕ちて楽しむ」だそうです。
今回の聞き取り調査は、結果的に70年代に的を絞って行う結果となった。阿部氏の話を 聞きながら、様々な点において、今の我々の時代潮流と、当時の潮流とが重なって見えた。 阿部氏がアメリカに抱いた思いは、今我々がアジアに求める思いに似ていたり、という印 象である。両者の相関関係は明確でないが、現在20前後を生きる世代の親が、70年代とい う時代を歩いてきたことと何らかのつながりがあるのではと思えてくる。
阿部氏に関しては普段から厚くお世話になっている方で、今まで聞けなかった話を今回奥 深いところまでお話頂いたことに感謝している。